平野歩夢名言!モチベーションない?オリンピックに出続ける理由紹介!

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スポーツ

平野歩夢は、スノーボードとスケボーの二刀流で活躍する日本人アスリート。

平野歩夢は、スケートボードで夏季オリンピック1回、スノーボード冬季オリンピック4回出場。

2014年ソチオリンピック銀メダル獲得
2018年平昌オリンピック銀メダル獲得
2022年北京オリンピック金メダル獲得

2026年2月6日~2月22日に開催されるミラノ・コルティナ冬季オリンピックにも出場します。

2連覇がかかっている2026年ミラノ・コルティナオリンピック。

「夢だった金メダルを叶えることができてその先に行きたい」


「イタリアでのオリンピックで2連覇目指したいなと思って」

オリンピックで活躍する平野歩夢は、数々の名言を残しています。

平野歩夢の心に響く名言を紹介します。

平野歩夢の名言は?

俺は100の自分より0の初心を見てる

何の足跡もないところを目指している

僕はスピンよりも高さで魅せたい。自分で考えた式と答えの中で、人と違う滑りで上を目指したい

挑戦は誰でも何歳でも出来ると思うから

やれることしかやれない。やれることは自分の自分の滑りというか、やれることをやってそれが”いい結果”になればいい

滑り1つで、周りを黙らせる滑りにこだわっている

オリンピックっていうのがデカい壁だなって思っていちゃ勝てない

自分を信じ、戦い抜けば、必ず結果がついてくると確信している

限られた時間の中で、他人にできない事を足跡として残したい

嫌なものは自分が知らないからこそ嫌なのであって、それを良い方向で吸収することは可能なのかなと考えるようになりました

人と違った考え、意識を、もっと大きく持ちたい

自分は自分でありたい

すべての人たちに感謝しかない

俺、小さい時にテレビで言っちゃったんですよね
スノーボードとスケートボードで世界一になるって、だからやるしかないんですよね

周りの意見も聞きながら、自分の本心を貫くにはどうしていけばいいのかと考えながら、コミュニケーションを取る

みんな安定した生活より夢を持ってもらいたいと思っています

自分の滑りを自分が集中できるかが一番大事

練習が一番恐怖心を取り除くものになってたり、考えなくてもいけるぐらいやり続けないと自信が生まれない

スノーボードじゃなくても、スポーツじゃなくてもいいんですけど、夢という形で、それぞれの目標を大きく、何歳になっても年齢関係なく、みんなそれぞれ持ってもらいたいです

自分超していかなきゃな、また新たな挑戦にも踏み出していきたい

東京五輪スケートボードはスルーできない

平野歩夢は、前例のない夏冬オリンピックへの挑戦を決めた際の前向きな言葉を残しています。

スノーボードとスケートボードの二刀流に挑む中での高いプロ意識や頂点を目指す強い信念を持っています。

平野歩夢人間らしい言葉も…。

平野歩夢の苦悩

頂点を目指すためにやりたいことを捨てて、自由が利かない不自由な場所に追い込んでいる

本当にやりたくない事に挑戦してきた事が、多かったんでやっぱり楽しい事より嫌な事だらけです

常に恐怖心との闘い

感覚だけじゃ頼りにならない

またケガしちゃいけないとか後遺症みたいなのが復活したときに強くなれない自分もいるのかな

仕事行きたくない感覚に似ている、僕はもう毎回思っているやりたくない行きたくない

と本音を明かしました。


平野歩夢は、モチベーションがない?

平野歩夢の考え方とは?

平野歩夢は「モチベーションがなくてもできたら最強と僕は最近言い聞かせています」


「モチベーションはもうなくなってきました最近」

と明かしました。

2026年1月ミラノ・コルティナオリンピック直前に、平野歩夢は複数箇所骨折するアクシデントが…。

平野歩夢ミラノ・コルティナオリンピック直前複数箇所骨折

平野歩夢は、2026年1月17日のスイス・ラークスで行われたW杯で決勝1回目の演技で転倒。


顔と下半身を強打しました。


帰国後1月19日に検査。


1月21日全日本スキー連盟が、複数箇所の骨折、打撲の診断を報告。


骨折はズレがなく大きな範囲でないことが確認されました。


怪我の腫れと、痛みが引き次第段階的に練習を再開する予定です。

平野歩夢を応援する方々のメッセージが。

平野歩夢を応援する方々のメッセージは?

『歩夢くん果敢に挑む姿!心配ですが、とにかくファンとして祈っています沢山の方々の思いが届きますように』

『治療に専念して無理をなさらず1日も早い復帰を応援します』

『何もかもがカッコよすぎ身体相当痛いのに、ブレない強さ応援と祈りです命はどうか守ってください』

『怪我が早く回復しますようにずっと応援しています』


『ケガが早く治りますように沢山のファンの思いが届きますように』

平野歩夢を応援する声とケガを心配する声が多数寄せられています。

以前平野歩夢は、怪我した期間の過ごし方についても語っています。

平野歩夢怪我した期間の過ごし方は?

平野歩夢は「この時間をどうプラスに変えられるかあの時間があったからって今思えるので怪我を乗り越えて成長してもらえれば」


と、自分を見つめ直し成長につなげる時間。


怪我をした期間も重要だと考えています。

平野歩夢は、痛みに耐えオリンピックに挑戦を続ける理由も語っています。

平野歩夢オリンピックに挑戦を続ける理由はコレ!


「スノーボードを知らない人達、スケートボードを知らない人達に、唯一届けられるチャンス」


「好きになってもらえるチャンスなんじゃないかと思って、自分も出続けている」

「ギリギリまでは自分に集中していい結果が残ったと同時にスノーボード、スケートボードの魅力を届けたらすごく幸せうれしいことです」


平野歩夢はオリンピックは、競技の魅力を届けるチャンスと考えています。

平野歩夢ミラノ・コルティナオリンピックに向けての意気込み

2026年2月4日ケガで合流が遅れている平野歩夢が、連盟を通じてコメントしました。


「今まで積み重ねてきたものを信じて、あとは自分らしい滑りをするだけという気持ち」


「常に挑戦者という気持ちでやってきたので、そういう意味では自分の中ではあまり変わったことはない」


「自分らしい滑りをお見せできるよう今持ってる力を出し切りたい」

と意気込みを語りました。

平野歩夢ミラノ・コルティナオリンピックで7位入賞!

2026年2月14日未明(日本時間)平野歩夢は、骨盤を骨折、膝の感覚がないままスノーボードハーフパイプ決勝に挑戦しました。

1回目、転倒。

2回目、ケガの影響を感じさせない圧巻のフルメイク。

86.50の高得点を出しました。

3回目は、さらに高得点を目指し挑戦しましたが、転倒。

平野歩夢は7位入賞でした。

平野歩夢競技後に名言が!

平野歩夢は、競技後のインタビュー

「生きるか死ぬかみたいなそういう気持ちは、どっか覚悟して挑んだつもりだったんですけど最後決めきれなくて納得した結果には繋がらなかったんですけど、今自分できることはこの状態の中ですべて出し切れたのかなとは1つあるのかなと思っていて…」

「結果としては悔しいんですけどこれまでやってきたことは何一つ無駄ではないと思うんで、また0からこの悔しさを繋げていけるようなそういう風に思っています」

「生きててよかったなっていう、ここで初めてやるトリックとかも後半出して最後挑んでいたので無事に怪我なく戻ってホッとするところはあるので、生きててよかったなという気持ちに今なれてます」

平野歩夢の「生きててよかったな」

生きるか死ぬか戦いを終えた平野歩夢の重みのある言葉でした。

「また0から積み上げていければと思っている」

大怪我を乗り越え、常に進化を追求する平野歩夢。

「常に時代を創り続ける自分自身でいたい」とも話しました。

2030年の冬季オリンピックは、フランスで開催されることが決定。

平野歩夢2030年オリンピック目指す!」

平野歩夢は2026年3月5日都内で取材に応じ、フランス・アルプス地域で行われる2030

年オリンピックへの挑戦を明言しました。

2030年冬季五輪出場を目標に掲げ、自身5大会連続出場となる挑戦を表明しました。

フランスでの冬季オリンピックは、アルベールビルオリンピック以来38年ぶり。

平野歩夢は、「日に日に回復していい状態に近づいていると実感しているので」

「4年後ピークを持っていけるようにまた準備していきたいと思っているのでこれから4年後に向けての準備を整えていけたらなと思っています」

と語りました。

4年後のフランスアルプスに出場しますと、夏冬合わせてオリンピック出場6度目となります。

また新たな名言が生まれる?

平野歩夢プロフィールは?

【生年月日】1998年11月29日

【出身地】新潟県村上市


【身長/体重】165cm/50kg

【血液型】O型

【所属】TOKIOインカラミ

【学歴】開志国際高校卒、日本大学スポーツ科学部卒

4歳から兄の影響でスノーボードを開始、半年後には、スノーボードも開始。

小学4年生でバートンとプロ契約。

14歳でX Games史上最年少の銀メダル

TTRワールドスノーボードツアーのハーフパイプ部門で最年少の年間王者。


2014年ソチオリンピック 銀メダル


2018年平昌オリンピック銀メダル


2021年東京オリンピック出場


2022年北京オリンピック金メダル


オリンピック史上初「トリプルコーク1440」成功で、日本人初のスノーボード金メダリスト。


3大会連続メダルの快挙を成し遂げる。

2026年ミラノ・コルティナオリンピック7位

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