平野歩夢師匠は國母和宏?ソチ銀メダル感謝の言葉!橋本聖子会長も謝意!

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スノーボード北京金メダリストの平野歩夢と國母和宏は、師弟関係にある?

いつから師弟関係なのでしょうか?

「平野歩夢と國母和宏は師弟関係?」

「國母和宏とは?」

「2010年服装問題で橋本聖子団長と謝罪会見?」

「平野歩夢銀メダル獲得國母和宏に感謝!」

「2026年橋本聖子会長も國母和宏に感謝!」

スノーボード北京金メダリストの平野歩夢と國母和宏は、師弟関係にあり2014年ソチオリンピックの際には、平野歩夢のコーチとして技術指導や戦略面をサポート。

マネージメント契約も結んでいました。

平野歩夢は、國母和宏のスタイルに憧れ尊敬の念を抱いています。

そもそも國母和宏とは?

國母和宏とは?

國母和宏は、プロスノーボーダー、スノーボード指導者。

【生年月日】1988年8月16日生まれ
【出身地】北海道石狩市出身

スノーボードハーフパイプで世界的に活躍し、「KAZU」の異名で知られています。


2005年スノーボードW杯優勝


2007年世界選手権男子ハーフパイプ 2位(日本人初のメダル)


2007年冬季アジア競技大会男子ハーフパイプ 優勝


2009年冬季ユニバーシアード 男子ハーフパイプ&ビッグエアー 優勝


2009年NZオープン 優勝

2010年バンクーバー五輪男子ハーフパイプ 8位入賞

2010年USオープン


2011年US オープン

2004年 Winter X Games ハーフパイプ 4位

2008年 Winter X Games ハーフパイプ 5位

2010年 Winter X Games ハーフパイプ 3位

2011年 Winter X Games ハーフパイプ 5位


2015年 Winter X Games ハーフパイプ 2位

國母和宏は、輝かしい成績を残しています。

2010年にバンクーバーオリンピックに出場しました。

國母和宏2010年バンクーバーオリンピック出場

國母和宏は、2010年2月開催されたバンクーバーオリンピック男子スノーボードハーフパイプ日本代表選手でした。

しかし、バンクーバーオリンピックの際に、國母和宏はシャツを腰から出して、腰でズボンを履く「腰パン」姿で空港に現れ服装に注目が集まり批判の声が殺到。

國母和宏謝罪会見

批判の声に対し謝罪会見を橋本聖子会長とともに出席しました。

バンクーバー市内で開かれた会見で、橋本団長は「日本の皆様にご迷惑をおかけしました」と陳謝。


國母選手は「いろいろな方に心配とご迷惑をおかけしました」と頭を下げましたが、記者の質問に「チッ、うるせーな」と舌打ち。

反省が見えない態度に抗議が殺到しました。

開会前の前日に日本選手団・橋本聖子団長が謝罪と開会式の自粛を発表。

橋本聖子団長の判断で國母和宏は、スノーボードハーフパイプ競技には出場できました。

國母和宏は、決勝でダブルコークで着地に失敗し、大転倒し顔を強打。


2回目もダブルコークに挑戦し着地に乱れ手をついてしまい8位入賞。

バンクーバーオリンピックでの騒動は記憶に残りました。

2011年頃から平野歩夢と國母和宏は師弟関係を築き始めます。

平野歩夢と國母和宏師弟関係築く

2011年頃から平野歩夢と國母和宏は師弟関係を築き始めます。

國母和宏は、技術や精神面での指導行うようになりました。

2013年5月にIMGジャパンが、プロスノーボーダー國母和宏と平野歩夢のマネジメント締結を発表。

この時期から公式にサポート体制が強固になりました。

國母和宏は平野歩夢に対し、技術指導だけでなく私生活やメンタル面を含む総合的なサポート行いました。

平野歩夢は2014年ソチオリンピックで銀メダルを獲得。

「國母和宏がそばにいてくれた事が、大きな安心につながった」


「自分ができなくてカズくん(國母和宏)ができることを教えてくれたりして、それがこのオリンピックにつながった」

平野歩夢は、國母和宏に感謝の気持ちを口にしました。

平野歩夢は、ソチオリンピックで銀メダル獲得後も活躍し続けます。

平野歩夢の戦績は?

平野歩夢は2014年ソチオリンピック 銀メダル以降


2018年平昌オリンピック銀メダル


2021年東京オリンピック出場

2022年北京オリンピック金メダル


トリプルコーク1440成功で、日本人初のスノーボード金メダリスト


3大会連続メダルの快挙を成し遂げています。


平野歩夢は2026年2月開催コルティナオリンピックに出場しました。

平野歩夢2026年ミラノ・コルティナオリンピック出場


2026年2月開催ミラノ・コルティナオリンピックの直前のW杯で大怪我。

顔と下半身を強打しました。


帰国後1月19日に検査。


全日本スキー連盟が、1月21日複数箇所の骨折打撲の診断受けた事を発表。


骨折はズレがなく大きな範囲でない。


怪我の腫れと、痛みが引き次第段階的に練習を再開すると発表しました。

2026年2月開催ミラノ・コルティナオリンピックでは、平野歩夢は骨盤骨折し膝の感覚のない満身創痍な状態で出場。

決勝に駒を進めました。


1回目は、転倒。


2回目には、「フロントサイド・ダブルコーク1620」


「バックサイド・ダブルコーク1260」


「フロントサイド・トリプルコーク1440」


完璧に決め、86.50点を記録しました。

3回目最後は惜しくも転倒。


骨盤骨折していて、膝の感覚がない満身創痍な状態とはとても思えない。


「フロントサイド・ダブルコーク1620」の大技を決め7位入賞しました。


覚悟を持って挑戦した平野歩夢の姿は、多くの人に感動を与えました。

平野歩夢ミラノ・コルティナオリンピックで感謝を口にしました。

平野歩夢試合後に語る

平野歩夢は試合後に「自分がここまで諦めずに来られたのも周りの人たちのサポートや見てくれる人たちの応援がないと自分も全力出し切れていないと思うんで今まで歩んできたものは無駄なものじゃないと思うんで」

「またゼロから積み上げていければなと思っています」

「生きててよかったなっていう、ここで初めてやるトリックとかも後半出して最後挑んでいたので無事に怪我なく戻ってホッとするところはあるので、生きててよかったなという気持ちに今なれてます」

と語っています。

まさに命をかけて挑戦したミラノ・コルティナオリンピックでした。

平野歩夢が語る”周りの人たち”に國母和宏も入っているのでしょうか?

橋本聖子会長が國母和宏に感謝の意を表明

2026年2月22日日本オリンピック委員会の橋本聖子会長は、國母和宏に感謝の意を表明しました。

ミラノ・コルティナオリンピックでは、日本は24個のメダルを獲得しました。


日本オリンピック委員会の橋本聖子会長は「過去最多のメダル獲得数という歴史的な成果を収めることができた」と語りました。

そのうち9個のメダルがスノーボード勢による獲得でした。

橋本聖子会長は、2010年に謝罪会見をした國母和宏の名前を出しました。

「國母選手を思い出した。歴史の中でレジェンドの國母選手を見て育った平野歩夢選手、今回のメダリストつながりの中で素晴らしい選手を途切れなく輩出して頂けた」

と現在のスノーボード勢の活躍の源流となった國母和宏に感謝しました。

平野歩夢に対しても「怪我して、あれだけのパフォーマンスをした平野歩夢選手。素晴らしいレジェンドがいて競技の裾野、レベルの高さにつながっている。本当にスノーボード界の皆さんには、感謝している」

と語りました。

國母和宏は、2010年バンクーバーオリンピックの際には、服装や言動で騒動となりました。

あれから16年の月日が経ち技術的な能力とスノーボードに対する本質的な姿勢は、スノーボード界のレジェンドとして高い評価を受けています。

國母和宏のスピリットを引き継ぐ平野歩夢が、オリンピックメダリストたちに刺激を与え支えることで、メダル大躍進につながっています。

現在の國母和宏は?

2026年の國母和宏は、カリフォルニアを拠点に映像制作を中心にフリーライディングのプロとして活躍しています。

アパレルブランドのモデルや農業など様々な分野に携わっています。

2009年に結婚。

家族(妻・子供3人)と自然豊かな生活を送っています。

國母和宏の独自のスタイルが後の世代に受け継がれ日本チームの躍進につながっています。

平野歩夢にとって國母和宏は、技術の師だけでなく、スノーボードの本質的なかっこよさや世界観を共有する最大の理解者でありつづけています。


深い精神的なつながりは今も健在。

平野歩夢プロフィール

平野歩夢はスノーボードとスケートボードの二刀流アスリート


冬季オリンピック3大会連続メダリストです


2014年ソチオリンピック 銀メダル


2018年平昌オリンピック銀メダル


2021年東京オリンピック出場


2022年北京オリンピック金メダル


トリプルコーク1440成功で、日本人初のスノーボード金メダリスト


3大会連続メダルの快挙を成し遂げています


2026年ミラノ・コルティナオリンピック7位入賞

【生年月日】1998年11月29日

【出身地】新潟県村上市


【身長/体重】約165cm/50kg

【所属】TOKIOインカラミ

【学歴】開志国際高校卒、日本大学スポーツ科学部卒

4歳でスノーボードを開始、小学4年でバートンとプロ契約。

スノーボードハーフパイプ専門、世界最高峰X Gamesで複数優勝。

スケボーパークで東京2020出場(夏冬連続五輪、日本5人目)

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